戸出七夕まつり

富山県高岡市が誇る日本一の七夕まつり

戸出七夕まつり

『7月7日は男の子の節句』

 富山県高岡市では7月7日は男の子の節句とされています。
   男の子のいる家庭では子供の健やかな成長を願い
     七夕飾りを作ります。

 これは全国でも当地方にのみに伝わる風習で
   明治から現在に至るまで受け継がれています。
 
 各町内では住民が協力し合ってそれぞれ
   趣向を凝らした大七夕を制作。
     七夕コンテストの最高賞「高岡市長賞」を目指して
       その出来栄えを競い合います。
 
 戸出七夕まつりは、古い風習と住民の協力とが融合した
   全国に類を見ない七夕まつりです。
 

『日本の七夕の完成形』

 私たち高岡市民は、吹き流しや行灯のみが目立つ
   他地方の七夕には物足りなさを覚えてしまいます。
 
 竹のしなり具合が考慮され、短冊、提灯、くす玉、吹き流し、行灯、
   その他細工物がバランスよく配された戸出七夕の竹飾りは
     「日本七夕の完成形」 と呼ばれるようになりました。
 
 このページのトップ写真からもおわかりのように
   戸出七夕の芸術性は他地域の七夕の追従を許しません。
     その美しさは「日本一」とも「世界一」ともいわれています。
 

『七夕に彩られる歴史街道』

 木曽義仲、豊臣秀吉、佐々成政らも往来した
   旧北陸道(戸出町メインストリート)
     前田利長が全国で初めての参勤交代の際に
       通った街道でもあります。
 
 この富山県内有数の歴史街道が
   七夕まつりの期間中は華やかな「七夕のトンネル」へと変化します。
 
 また、戸出七夕は住民手作り型の七夕まつりとして
   日本最大の規模を誇っています。
 
 このページでは富山県高岡市が、
   その歴史と規模と美しさを全国に誇る
     戸出七夕まつりをご紹介をさせていただきます。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
【 提灯、行灯に彩られる戸出の七夕は夜が本番です。 】
【 ぜひとも夜間にお越し下さい。 】
【 ライトアップは毎夜22時頃までです。 】
【 こちらからも七夕の夜景をお楽しみ下さい。 】
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


そして、これが戸出名物『七夕のトンネル』です。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


★ミ 2011年「第48回・戸出七夕まつり」の見どころ ★ミ

 
 2011年も例年通り、7月3日(日)から7日(木)までが七夕まつり開催期間となると思われます。

 地元では2017年の戸出町開町400年を控え、コミュニティ施設の建設高岡戸出インターチェンジ(仮称)の開業などの計画もあり、七夕まつりも例年以上の盛りあがりが期待されます。

 2011年の詳しいイベント情報は高岡市商工会のページよりご確認ください。

 戸出七夕の見どころは住民手作りによる七夕飾りです。デザイン、仕掛け飾り、大あんどんなど全てに住民の知恵を感じることができるでしょう。金賞の大七夕は細部までじっくりご覧ください。電球への電気配線にまで感心させられるでしょう。

 昨年まで8年連続で最高賞(高岡市長賞)に輝き、他を圧倒する七夕を制作している東町1組が続けてNo.1の栄冠を掴むかどうかも見どころです。

 付近には駐車場も多数準備されておりますのでおクルマで気軽にお越しください。大型観光バスの駐車も可能です。詳しくは会場周辺案内(高岡市商工会ページ)をご覧ください。

 より七夕の風情を楽しみたいかた、飲酒なされるかたは公共交通機関をご利用ください。JR戸出駅を降りれば、もうそこは”夢のまち”です。

 <<<2010年の七夕の様子はこちら>>>

日本三大七夕とその他の七夕

 
各地の七夕にはそれぞれ特長があります。
戸出が日本一美しいかどうかはご自身の目で確認下さい。

戸出七夕まつり(といで七夕まつり)

開催期間 7月3日〜7日
主管 高岡市商工会
特長  飾りつけの第一の特長は「赤色のちょうちん」が多いことでしょう。これが仙台、平塚などの他地域の七夕との違いを際立たせるものとなっています。また、竹飾りにボリューム感を出すため「かんざし」と呼ばれる竹を横に通すのも独特です。そのため、戸出七夕の竹飾りはヒラメのように平たくなっています。
 メインストリート(旧北陸道)が江戸時代以来の狭い道幅を保っていることも幸いし、道の両側からしなだれる七夕飾りとちょうちん灯りの趣ある美しさはまさに日本一です。

 江戸時代、習字の上達を祈るための寺子屋の行事として全国的に行われてきた七夕祭りですが、明治維新後、当地方では男の子の健やかな成長を祈って行われるようになりました。
 7月7日、男の子のいる家には親戚が集まり子供の健やかな成長を願いました。その頃より現在のようなちょうちんを多用した飾りとなりました。かつて七夕飾りは町内を引き回され、戸出町がこの地に開かれるきっかけともなった千保川へ流していました。(現在戸出では千保川を新川<しんかわ>と呼んでいます)
 現在でも、商店や個人宅前に「武者行灯」や「金太郎行灯」のついた七夕飾りがあれば、その家に元気な男の子がいる証です。これは、全国でも当地方でしか見ることができない独特の風習です。
 以前は高岡市中心市街地でもこのような七夕が多く作られていましたが現在ではほとんどが戸出地域に残るのみとなってしまいました。

 町を挙げての七夕まつりは1963年(昭和38年)から行われるようになりました。以降年々まつりの魅力は高まり続け、現在では日本海側随一の歴史と規模を誇る七夕まつりとして知られるようになりました。
 町内毎に住民が力あわせて巨大な七夕を制作しますが、これも全て住民の手作りによるものです。各町内住民の知恵と工夫を集結させた七夕飾りは芸術作品へと昇華し、七夕ファンを毎年この地へと引き寄せます。

 七夕の語源は古い信仰行事に出てくる「棚機女(たなばたつめ)」であるとされます。戸出七夕まつりは、江戸時代より八講布(はっこうふ)の産地として全国的に知られ、機織りのまち、繊維業のまちとして栄えてきた戸出町の歴史とも合致しています。

 町内毎に住民が力あわせて制作する大七夕と、一般の家庭が男の子の成長を祈るために作る七夕。この2つの手作り七夕が融合が、えも言われぬ戸出七夕の魅力を醸し出しています。
 まつりのクライマックスは毎年7月6日に行われる「民謡街流し」です。昭和を代表する芸者歌手・江戸小歌市丸らが歌う「戸出音頭」の心地良いメロディーが町中に響きわたり、小さな町ならではのレトロで懐かしい昭和情緒を堪能することができます。
 毎年、富山県・石川県内はもとより、中京圏を始めとした全国からの観光客が「夢のまち(戸出音頭より)」の七夕まつりを訪れます。

 五節句のひとつである七夕は7月7日に祝うことに意味があります。暦の改変や梅雨時期を避けることを理由に節句と七夕とを分けてしまった例が全国に多くみられます。そんな中、戸出では江戸時代以来「7月7日」にこだわって七夕まつりが続けれています。戸出七夕が「日本で最も由緒ある」といわれるのはそのためです。

 戸出はこれからも「7月7日」の七夕まつりを後世へと伝えていきます。

美しさ★★★★★
規模★★★★
歴史★★★★★

 

仙台七夕まつり(仙台七夕祭り)

開催期間 8月6日〜8日
主管 仙台商工会議所
特長  2008年、戸出からの視察団が仙台を訪れました。
 ( 視察の様子はコチラ )
 高岡市戸出町に決して引けを取らない、賑やかで優雅な七夕まつりであることを確認してきました。

 高岡市戸出町と日本一を争う仙台の七夕の特長は、飾りつけに和紙を多く使うところにあります。
 「七つ飾り」と呼ばれる短冊、紙衣(かみごろも)、折鶴、投網、屑籠(くずかご)、巾着、吹き流し。和紙で作られたこれらの飾りつけには気品ある趣きを感じます。
 繊細で上品な七夕まつりといえるでしょう。



美しさ★★★★
規模★★★★★
歴史★★★★★

 

湘南ひらつか七夕まつり(平塚七夕祭り)

開催期間 7月7日ごろ(毎年変更される)
主催 平塚市
特長  飾りの豪華さで日本一を誇っています。
 「竹」がほとんど目立たないほど豪華な「飾り」が平塚の七夕の特長です。
 見ているだけでも楽しい気持ちになれる。
 そんな素敵な七夕まつりです。
 

一宮七夕まつり(一宮七夕祭り)

開催期間 7月最終日曜日までの4日間
主催 一宮市
特長  2010年、戸出からの視察団が一宮を訪れました。
 ( 視察の様子はコチラ )

 一宮市は戸出町と同様、織物のまちとして発展してきました。一宮市中心にある真清田神社の祭神は織物の神様として知られています。

 メイン通りの七夕飾りはくす玉と吹流しのみででできていて、竹や短冊はありません。戸出や高岡と比較するとシンプルな飾り付けですが、露店と人の賑わいがまつりを盛り上げます。



美しさ★★★
規模★★★★
歴史★★★★

 

高岡七夕まつり(高岡七夕祭り)

開催期間 8月1日〜7日
主管 末広開発株式会社
特長  高岡市にはもうひとつ、戸出に次いで大きな七夕まつりがあります。それが高岡中心市街地で開催される高岡七夕まつりです。
 
 今では高岡駅前通りに飾られる企業協賛による大七夕が中心となりましたが、高岡七夕ももとは戸出七夕と同じく明治時代から始まった男の子の成長を願う庶民のまつりで、7月7日に行われていました。以前は戸出よりも大規模に行われ、高岡七夕まつりのほうを「日本三大七夕」と呼んでいました。
 
 毎年7月7日、七夕飾りは酒に酔った町衆によって街中を盛大にパレードのようにして運ばれ、市内を流れる千保川に流すという「七夕流し」が行われていました。多くの見物客を集めるこのイベントは、高岡の一大風物詩として知られていました。
 
 1968年(昭和43年)、七夕まつりは梅雨を避けて真夏商戦に合わせるために8月に開催されるようになりました。以降、七夕は商店街のための行事となり一般家庭において男の子のために七夕を飾る習慣は廃れていきました。さらに「七夕流し」も環境への影響から取り止めとなってしまいました。
 
 現在、戸出七夕が日本海側随一の歴史ある七夕として明治期からの趣を残すのに対し、高岡七夕は一般企業による七夕と路上コンサートなどの関連イベントなどを楽しむまつりとなっています。
 
 
 (以下、一高岡市民の意見ですが・・・)
 七夕を8月7日に行うなんて雛祭りを4月3日に行うくらいに意味がありません。多くの市民も8月に七夕を祝うことに季節外れ感を抱いています。もう一度、本来の7月開催に戻し、目的も子供のためのものに戻し、高岡中心市街地、戸出市街地、そして近年まで「あしつき祭り」として七夕を祝っていた中田市街地などを核として全市民が一体となって盛り上げられる七夕まつりにすることはできないものでしょうか。
 
 商店街で買い物するのが普通だった時代に七夕を8月へ変更した事情は理解できます。ですが、現在の8月の七夕では商店街は潤っていないのではないでしょうか。目的が曖昧な祭りは盛り上がりを欠くことになります。また同じ市内において本来同じ意味だった祭りを7月と8月に分けて開催するメリットもありません。そろそろ本来の7月開催に戻して市民のチカラを集結させてはみてはどうでしょう。
 
 その前に、7月でも8月でも構いませんので高岡市内の男の子のいる家庭では七夕竹飾りを立てるようにしましょう。日本で高岡市だけに100年以上続く民俗行事です。是非とも次の世代に伝えて、ふるさとを愛しむ心の育成や観光に活かしていきましょう。

美しさ★★★★
規模★★★★
歴史★★★★

高岡市戸出町への交通のご案内

 

上の地図の『緑の矢印』の場所が高岡市戸出町です。

鉄道(JR)でお越しの場合

  JR北陸本線高岡駅にて城端線に乗り換え、
  約14分で”夢のまち”戸出へ到着します。

自家用車でお越しの場合

  北陸自動車道・砺波ICで降りて、戸出方向へ約20分。
  北陸自動車道・小杉ICで降りて、戸出方向へ約20分。
  能越自動車道・福岡ICで降りて、戸出方向へ約15分。

飛行機でお越しの場合

  富山空港からは自動車、タクシーで約50分です。
  (タクシー運転手さんへは「七夕日本一の町へお願いします」で通じます。)

  富山空港からは富山空港連絡バスを利用し高岡駅で下車し、
  その後城端線に乗り換えるのことも可能です。

ご宿泊のご案内

ご宿泊の際は、周辺観光に便利なJR高岡駅周辺の
ホテル・宿をご利用ください。
高岡駅周辺には、国宝「瑞龍寺」のほか、
大名が眠る墓としては日本最大の「前田利長墓所」、
土蔵造りの街並みも美しい「山町筋(やまちょうすじ)」、
格子造り家々と石畳が美しい高岡銅器誕生の地「金屋町」など見所が満載です。

日本一の七夕まつりを楽しんだ後は高岡中心市街も散策してみてください。

戸出七夕コンテスト結果

 

戸出七夕関連動画

 

各町内の七夕写真(2007年以前)

 

戸出七夕の歴史


昭和4年の戸出の七夕祭り 〜木下屋呉服店前〜
(写真提供:戸出東町自治会)

昭和初期には既に現在のような赤ちょうちんを
中心とした飾りつけだったことがわかります。

戸出七夕の川流し

長男が生まれた家の七夕は、七夕まつりが終わった後、
下の写真のように飾りをほんの少し残した状態にして
「川流し」の行事が行われます。

以前は実際に七夕の竹を新川(=千保川)へ流していましたが
現在は町内を引き回すのみとなっています。

町内の方々に担がれた七夕の竹は道を左右に蛇行しながらゆっくりと進みます。

(写真は2010年7月8日のものです)

写真中央右側奥に金色に光って見えるのは音頭をとるための半斗缶です。

この日の一行は、半斗缶を叩く「ガン、ガン」という音と、
ホイッスルの「ピィッ、ピィッ」という音に合わせて
「わっしょい、わっしょい」と声を掛けながら進みました。


道中のところどころで七夕の竹を立てて先端を揺らします。


長男が生まれた家の七夕を川へ流す行事は
かつて高岡市中心地域でも盛ん行われていましたが今は行われていません。

今では日本中で高岡市戸出地域に残すのみとなった貴重な行事です。

(ですが、市役所担当部課のかたも市立博物館のかたもほとんどご存知ないようです。民俗に興味のおありのかたは、是非この珍しい行事も見物にいらしてください。)

戸出音頭を覚えよう

 
 メロディーは知っていても歌詞までは知らない方は地元でも多いかと思います。
 下に歌詞(一部のみ)を掲載させていただきます。
 歌詞を知っていれば戸出七夕をよりいっそう楽しむことができるでしょう。

 また、歌詞には注釈をつけさせていただきました。
 戸出音頭で、戸出町の歴史にも触れてみてください。

戸出音頭
   作詞:武田利雄  作曲:小沢慎一郎  編曲:小沢直与志
 戸出よいとこ 砺波の都ヨイヨイ
  米のでどころ 米のでどころ 機織りどころ
   風に流れる 風に流れる サテ心うかせる 筬の音
    サテ 戸出音頭でよいとサッサ
 遠い元和に開いて 伸びてヨイヨイ
  日まし栄える 日まし栄える 由緒の町よ
   さあさ築こよ さあさ築こよ サテみなで築こよ 夢の町
    サテ 戸出音頭でよいとサッサ


※ 米のでどころ:
 江戸時代、加賀藩は加賀・能登・越中の3国を 支配していましたが、最も多くの米が穫れたのが越中国でした。 そして越中国で最も米が獲れたのが砺波郡でした。
 戸出には砺波郡で最大の加賀藩の米蔵(戸出御蔵)が置かれていました。 戸出は加賀藩百万石を支える上で大変重要な場所でした。

※ 機織りどころ:
 江戸時代中期の苧麻(ちょま)栽培から始まり、 江戸時代後期には、経糸(たていと)に麻、緯糸(よこいと)に苧麻を使用した 八講布の産地として全国的に知られていました。
 そして明治以降は富山県内有数の繊維業のまちとしてさらに発展を続けました。

※ 砺波の都:
 御蔵と機織りの町として賑わったほか、 戸出には御旅屋(加賀藩主のための宿泊所)なども築かれ、 砺波郡において中心的な役割を果たすまちとして発展してきました。
(江戸時代の砺波郡は、現在の高岡市、小矢部市、砺波市、南砺市にあたります。)

※ 元和(げんな):
 江戸時代初期の元号。戸出町は元和3年(1617年)、 大庄屋である川合又右衛門によって開かれました。
ちなみに加賀藩では大庄屋のことを十村(とむら)と呼んでいました。

※ 由緒の町:
 自然発生的に人が集まりいつ開かれたかがはっきりしない町が多い中、 戸出町は開町記録が残っている中では砺波平野において 最も古い町です。これが「由緒の町」と呼ばれる所以となっています。

『戸出七夕まつり』関連リンク集