島 正範さん(RACDA高岡)

たくさん思い出のつまった「戸出のまち」

 私の幼少の頃は、「まち」は高岡ではなく、戸出でした。祖母に連れられ、「吉竹さんのあやまちの医者」、「吉沢さんの歯医者」、バス停のまわりには「自転車の預かり所」、バスは「準急」などあり、我村「十二町島」には止まらなかったので、これには乗れなかった思い出がよみがえる。
 思い出深い戸出には、営業や配達などで車では度々訪れている。
 しかし、車で訪れる戸出は、「まち」ではなく目的地のみであり飛び込んでくる印象は、ロードサイドの開発と車の通らない旧市街地との漠然とした印象のみであった。
 このたびのラクダキャラバンのお陰で、久々に幼少の頃の様に「戸出のまち」を歩いた。
 高岡から城端線に乗り込み、連れとの会話もあいなく着いてしまった。わずか11分だから当然であるが、車だとまだ鐘紡あたりかなあ?と思った。
 戸出駅に着くと、一緒に降り立った女子学生に気を取られていた。(若いちゃいいねえ〜)
 戸出駅では、駅員さんに出迎えていただき、安心感を覚えたので気軽に、千葉からきた堀が行きたいという銭湯の場所を聞いてみた。私は来るまでたまに行ったことのある6丁目の(本当5丁目らしい)鶴亀鉱泉しか知らなかったので不安だったが、すぐそこにあるらしいとの答えだった。
 夕暮れ時、車の通らない駅前道路をチンタラ、チンタラ銭湯に向かうなんて、「ん〜いい感じ」。銭湯に着けば「寿湯」との名のノレン、「ん〜いい感じ」。
 銭湯前の小路より商店街のメイン通りにぬけた。
 戸出高校出身の藤重が、「みかどやのきんつば、おいしいから買っていくちゃ、知っとるやろ」といわれたが、多分私の胃袋に何度も入っていたと思うが、名前は知らなかった。人通りのないこの通りで店に入ってみてびっくり!よくきいた冷房に、てきぱきとしたお上さん、(ん〜いい感じ)。
 店を出た向側は昔、夜高の武者絵を買いに来ていた、たしか(?)つまんこ屋さんがあった。奥の框にこしかけていた中学生の自分が走馬灯の様によみがえった。(ん〜なつかしい)(地図帳をひろげてみると、長井文具店さんなのかなあ?)
 通りを歩いていくと、「高島屋さん」、母が気に入って店である。
 たしかこの建物は「青木さんの歯医者」だが看板が上がっていない。早くて重宝したのに。
 そうこうしていると、戸出の真ん中(?)の交差点になしかかっていた。
 「らんじょ屋さんは郊外へいかれたなあ」「角幸さんは今も健在」石田薬局さんの前に立つと、なぜか賑わっていた戸出を思い出す。(ん〜なぜかな〜)。
 本はほとんど読まない私だったが「松野さんの本屋」その向いが、「よく抽選会に来ていた所」である。当時木造で奥の方の抽選会場で、だいたいが現金をいただいた記憶がよみがえる。
 それは、今は鉄筋コンクリートの商工会館である。今回の会場であった。今も恒例の抽選会が開かれているのかどうかは、知らない。
 このような「戸出のまち」の思い出は、単なるノスタルジーでしょうか?
 そこには、単なる「戸出」ではなく、かつての生活に密着していた「戸出のまち」の素材ではないかと思った。





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