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戸出(といで)という地名は 灯油田(ともしびあぶらの採れるところ) という古い地名に由来します。 | |
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〜 新着情報 〜 | |
| 2010/08/21 |
戸出の視察団が一宮七夕まつりを訪れた報告を追加しました。![]() |
| 2010/07/25 |
2010年(第47回)戸出七夕まつり写真を追加しました。![]() |
| 2010/01/01 | 歴史街道散策ガイド『旧北陸道を歩こう』を追加しました。 |
| 2009/07/24 | 2009年7月10日(金)〜16日(木) に行われた『戸出の400年〜発展のあゆみ〜』企画展レポートを追加しました。 |
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「ようこそ戸出町へ」ホームページへようこそ! このサイトは高岡市戸出地区住民による地域情報発信サイトです。 随時地域の情報を発信していきます。 << 旧北陸道の町 >> 戸出は旧北陸道に沿って成立した町です。 市街地は街道に沿い東西に延びています。 この街道は現在地元では「上使街道」 「戸出中田往来」と呼ばれています。 町の東部には、2代目加賀藩主・前田利常によって 北陸道の一里塚が築かれていました。 豊臣秀吉、佐々成政らも通った旧北陸道は、 慶長7年(1602)に前田利長が日本で初めて 参勤交代を行った際に通った道であるとされています。 戸出大清水は室町時代に当地方の中心地として栄え、 礪波郡奉行所が置かれたほか、前田利家が秀吉公より賜った 聚楽第の御殿が再建されていました。 また、木曽義仲が倶利伽羅の合戦に赴く途中に 馬を繋いだとされる「駒繋ぎの松」史跡も残ります。 歩き疲れたら足をとめ、 そっと耳を澄ましてみましょう。 勇将の駿馬のいななきや、古の旅人の足音が きっと聞こえてくるはずです。 << 優れた住環境 >> 戸出地域は富山県の砺波平野北部に位置し 東に雄大な立山連峰を望み 飛騨山中より流れ出でる大庄川からの さわやかな風に包まれた 自然環境に大変恵まれた地域です。 東(富山市方面)、西(石川県方面)、 南(砺波市方面)、北(高岡市街)、 各方向への道路網が整備され、 また鉄道やバスなどの公共交通網も整った 大変暮らしやすい地域となっています。 また戸出地域は、富山県西部では唯一 保育園から大学までが整備された 「県西部最高の学術地域」となっています。 << 豊かな情操の町 >> 日本一美しい七夕まつり、 『日本の原風景』ともいわれる散居の田園風景、 歴史に想いを馳せる旧所名跡の数々、 鎮守の杜の木々の囁き、そして この好環境で育った感性豊かな人々 戸出の子供たちが常に市内で上位の成績をおさめ、 文教地域として羨望を浴びることになったのも 当然のことのように思えます。 平安時代の法典・延喜式には 油が越中の特産品であったと書かれています。 「灯油田」で採れた油の灯りも きっと当時の都の文化を支えていたことでしょう。 日本文化を支えた油分子の炭素鎖は 私たちが暮らす現代に連なっている気がします。 小さいお子さんを持たれる親御さんは、一度 戸出でのお住まいも考えてみてはいかがでしょうか。 << 北砺波の中心から高岡市の飛躍点へ >> 江戸時代の初め、砺波平野の中央部に初めて 開かれた町が私たちの戸出町です。 旧北陸道と千保川が交わる要衝の地には、 強固な塀と堀を持った御旅屋(加賀藩主の休憩所)や、 加賀藩の米蔵などが築かれていきました。 以来、戸出は当地方の中心地として栄え、 苧麻(ちょま)・麻を原料とした八講布などの 繊維製品は全国的な特産品となりました。 サラサラと筬の音が響く情緒の町は 多くの文化人、経済人を輩出してきた町でもあります。 北砺波地方の要の地として発展を遂げた戸出ですが 現在は日本有数のチューリップ産地として、 全国に名を轟かす高岡銅器の生産地として、 また夢ある若者が集う学園の町としても知られています。 戸出は今後も高岡市の飛躍点として さらなる繁栄を続けていくことでしょう。 << おすすめコンテンツ >> 日本七夕の粋、極まる初夏の風物詩 ↓ [[ 戸出七夕まつり ]] 旧街道を歩けば古人の気持ちがわかる、魅力が見える ↓ [[ 旧北陸道を歩く ]] マップを片手に、気ままに街なか散策 ↓ [[ 戸出観光マップ ]] 八講布の産地として知られた織物の町の歴史 ↓ [[ 繊維のまち戸出 ]] 加賀百万石を支えた米の一大集積地 ↓ [[ 御蔵のまち戸出 ]] |
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