西山歴史街道とは


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第二回 れきたん勉強会
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「くによし邑」の黎明は紀元前5千年前頃か

 現代・国吉の地 頭川オスキノ原、宮中遺跡からは既に縄文時代中期(紀元前三千年前)の石斧、石鏃の出土が確認記録に残されている。
 平成12年度から、自動車専用の能越道が当地を縦貫するにあたり、事前に埋蔵文化財の所在が確認されていた、手洗野「赤浦遺跡」・岩坪「岡田島遺跡」を工事に先立ち、富山県(文化振興財団・埋蔵文化財調査事務所)の発掘調査により、自然流路や天正地震・飛越地震で出来た「地割れ」や「噴砂」また、中世の遺物(土師器・須恵器、漆器、曲物)集落跡等が発見された。
 その中、岡田島遺跡現場から中世の遺物群の下層から縄文時代の深鉢片が出土、鑑定の結果縄文時代前期(今より約七千年前)の遺物と判明・修復された。
 当時代の、竪穴住居の痕跡は確認されなかったが、当該発掘地は、東南側に小矢部川・背後地には、西山丘陵地が連なる、その山裾・微高地にあたる。
 この土器が作製された頃は、縄文海進期(海水面の上昇)に当たるので、小矢部川の水位も現代よりも嵩高であったろうと思われる。
 従って処地は、狩猟・漁労の最適地であっただろうと思考させてくれる、出土品は、近郷稀に見る古器、縄目紋以前の素焼で、低温焼成のため非常に脆い、黒煙の付着状態から「くによし」の先人が、「煮炊きの器」として日常使用していただろうと思われる。

富山県埋蔵文化財センター見学
 縄文時代の住居  貴重な出土品がおさめられています  
岩坪岡田島遺跡の土器

 縄文時代の深鉢

時代ごとに区分されています

縄文時代中期

縄文時代晩期

貴重な土器がいっぱい

土器を作りたい人はこのレシピを手本に

どのような使われ方をされていたのだろうか
 
石匙、耳飾り、小さな石器もあります
 
第二回れきたん勉強会お疲れさまでした