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高岡市国際交流協会総会 記念講演会

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「高岡日本語学校の体験から考える国際交流」全文 


2014年5月24日(土)に開催しました高岡市国際交流協会総会の記念講演会です。講師は高岡市立志貴野中学校の室ア学教諭です。「高岡日本語学校の体験から考える国際交流」と題し、自らの体験を交えた講演をしていただきました。高岡市国際交流協会ニュースでは要旨を掲載しましたが、こちらで全文をご覧下さい。


 



南米に通算5年間、はじめの3年は青年海外協力隊としてエクアドルに滞在し、その後富山で教員になり、市の事業でミランドポリス日本語学校に赴任しました。 エクアドルに行ったときに感じたことは、日本人の知名度が低いことです。街を歩いていると「中国人か」と大抵声をかけられます。ブラジルに行った時もそのように声をかけられると思っていると、ほとんどの人がアジア系の顔を見ると「日本人だ」と一番に言われました。なぜこのような違いがあるかというと、日系ブラジル人の多さといかに日本人がブラジルに貢献しているかということです。 まずブラジルで驚いたのは、道の広さと真っ直ぐさです。ブラジルといえば、もうすぐ開催されるワールドカップです。ネイマール選手はよくも悪くも有名人です。ブラジルサッカー界のアイドルで、子供たちが彼の髪型を真似するほどの人気があります。彼は未婚ですが子供がいて、日本だと未婚の父というスキャンダルになりかねないが、ブラジルの新聞に祝福の記事が載り、国民も祝福ムードです。こういうところに国民性の違いを感じました。この選手は6月のワールドカップでも大活躍が期待されるので、是非、注目してほしいと思います。 ミランドポリス市はサンパウロ州の西の端に位置します。サンパウロ市は都会のイメージがありますが、ミランドポリス市は片田舎で牧場や農場が多く見られます。人々は農業やマンゴー栽培で生計をたてている方が多く、ミランドポリスには第3アリアンサという富山県に縁の深い場所があります。ここは富山から移住された方が作った地域です。 ミランドポリス市は日系人の人口が多く、全体の2割を占めています。仏教を信仰している人も多く、市営墓地にはカトリックのお墓と仏教のお墓が同じ土地に建つという不思議な光景が見られます。これもブラジルで驚いたことの一つです。 ミランドポリス市には日系人で作られる日本人会があります。ここでは日系人が色々なことを楽しめるように様々な部があります。例えば、ソフトボール部、野球部、陸上部、カラオケ部があります。他にも日本でお馴染みの行事である運動会や、盆踊り大会も年に1度行われ老若男女が参加します。その様子は古き良き日本の風景を思い起こされ、感慨深く思います。また、生粋のブラジル人も盆踊りが大好きで、一緒に参加している光景もとても不思議なものでした。 日本語学校は日本人会の部の中の一つです。設立は資料にも残っていないほど古く、移民された日系一世の方たちが子孫に日本の文化・言葉を引き継いでほしいという熱い思いで建てられました。日本人学校には幼稚園児から、高校生の17歳くらいまでの生徒が通常通っています。午前中はブラジルの公立学校から日本語学校に来ていて、幼稚園児から小学校低学年までの生徒が日本の遊びをしています。例えば「だるまさんが転んだ」という遊びは子供達が大好きであるとともに「転んだ」という同動詞を学んだり、これをアレンジし、色々な動詞をいれることができます。「転んだ」の部分を「ジャンプした」「イスに座った」と変え、実際にその動作をしてみます。入学したての生徒はよく解らないが、上級生の動作を取り入れながら、様々な名詞や動詞を学ぶことが出来ます。中高校生は座学が中心となってきます。彼らは日本のJ-POPが大好きなので、歌詞をコピーしてポルトガル語に訳しながら意味を理解し、文法や漢字まで勉強しています。 夜の部は大人を対象にしています。昔は日系1世2世の多くは日本語を話せるが書くことはできないという人が多かったので、書くことを中心に教えていました。最近では2世の方もご高齢になってきて通う人はなかなかおられません。今は全く話せない3世や生粋のブラジル人の方が日本文化に興味を持って通われています。ひらがなを覚えるよりは言葉を知りたい、日本文化を知りたいという要望だったので、パソコンを使い日本の文化やよく使う表現を学んでいます。通常の授業以外に日本文化を学ぶ授業があります。それには団扇に切り絵をデザインする授業があり、他にも折り紙、料理や書道の時間、年に1回書初めもあります。一年の目標や自分をイメージする言葉を書くというテーマで行い、日本の好きなアイドルの名前の漢字を書く生徒や、「夢」という漢字を書く生徒もいました。以前、「高岡」と書く生徒もいました。 17歳で高校を卒業して大体の生徒が大学に通うためミランドポリスを出て行くので、日本語学校の卒業式を行います。長くて13年間通った生徒もいて、日本語が流暢に話せます。 日本語学校の資金は自分達自身で稼いでいます。ブラジルでは日本食が大変人気があり、「うどん会」というレストランを開き、保護者や日本人会の婦人会が協力をして、うどん、饅頭、海苔巻きなどを作って販売しています。バザーのような形式だが、たくさんの人で賑わいます。



生徒達もウェイターやウェイトレスをしたり、仕込みを手伝ったり、皆、一生懸命働いています。その資金で日本語学校のいろいろな機材や、紙などの備品を買っています。 高岡市との交流が一番深いところにジュニア親善大使があります。以前は一年に一回行き来していたが、現在は3年に1回となっています。今年は高岡市からミランドポリス市に行く年となっています。 この派遣はミランドポリスの生徒がとても楽しみにしていて、毎回歓迎会を盛大に行い、その中で劇などを行っています。日本の高校生の扮装をしたり、自分達で趣向を凝らしていました。生徒同士はすぐに打ち解け、牧場で乗馬などをして言葉がわからなくても笑顔で交流していました。 現地のロータリークラブ主催の歓迎レセプションも行われました。代表の挨拶をする生徒は、ポルトガル語で挨拶をするために3日間一生懸命練習していました。発音をホームスティ先の方に教えてもらったり、何度も練習をして完璧なポルトガル語を披露しました。現地の方は自分達の国の言葉での挨拶にとても感銘を受けていた様子でした。挨拶した生徒も通じたことに充実感を感じていたようです。 先ほどの派遣の翌年には、ミランドポリス市から高岡市へのジュニア親善大使が派遣されました。歓迎会で牧野中学校の生徒が琴を演奏したり、ブラジルの生徒はサンバを披露しました。歴代のミランドポリス日本語学校に赴任された先生も参加され、久しぶりの交流を楽しまれました。 ホームスティ先の方と高岡の名所である金屋町や五箇山にも行き、ホームスティ先でも仲良く過ごしていたようです。帰国後、高岡の印象を聞くと全員が「きれいだ」という感想を持っていました。ごみが落ちていないというのが、彼らには驚くべきことだったようです。ブラジルではポイ捨てが多く感じられます。日本語学校に入学したての生徒は飴の包みをその辺に捨ててしまうことがあります。それに対して指導していくと、次第にダメだということを理解してくれますし、高岡に来た時にごみが無いことは良いことだと感じてくれるのは、大変嬉しいことです。 ミランドポリスの生徒は、ホームスティ先で挨拶する言葉を飛行機の中からずっと練習していました。そして、無事、家族の方に通じて安心していたと同時に、通じることの喜びを感じていたようです。なぜならば、日本語学校の先生以外に日本語が通じるかどうか大変不安だったからです。 牧野中学校にも行き料理を一緒にしたり、縄跳び大会やサッカー大会も開かれました。交流のあとは、牧野中学校の生徒達がバスを追いかけてまで別れを惜しんでいました。高岡駅では、ミランドポリスの生徒も泣きながら高岡を去ることを惜しんでいました。それほど彼らにとって思い出深い訪問になったのではないでしょうか。 この一年前に牧野中学校の生徒がミランドポリスでホームスティをした時のことです。ホストファミリーの方は全く日本語を理解できないが、自分の思いを伝えたい一心で、日本の生徒もポルト語ができないことを解っていながら、ポルトガル語で「元気でね」「体に気をつけてね」など延々と言っていました。この生徒は表情や雰囲気で何が言いたいか解っていたと思われます。でも、何も返答できなかったことは、とても悔しかっただろうと思われます。伝えたい気持ちが沢山あるのに出てこない様子が伺えました。なぜ、そのように感じたかは、自分が初めてエクアドルに行った時の体験と重なったからです。協力隊員として伝えたいことは沢山あるが、スペイン語がまだおぼつかないので伝えられなかったのです。そのもどかしさが自分には解ります。この時の生徒は、ポルトガル語を勉強してもう一度ブラジルに行くと言っていました。 よく国際交流で言われるのが、言葉は解らなくても笑顔と笑顔で通じ合えるということです。確かに通じ合えると思うが、不十分ではないでしょうか。やはり思いを十分に伝えるには勉強して欲しいということを生徒達に伝えました。実際に言葉が通じないことを体験することによって、語学は重要だということを解ってくれたのではないかと思います。このような体験は、この世代の生徒達にはとても大切だと思います。 このような機会は市役所のような地方公共団体がつくってくださるのが望ましいです。そして、この先もこのような事業は続けて欲しいと思います。教員にとっても価値観の違う国に行くことは考えの幅が広がる機会になると思います。尊敬する大学の恩師が「それぞれの文化を知ったときに、真似したくないことはしなくていい、この人たちはこうだというふうに受け入れることが大事」といっておられました。すべての文化を良しとすると、日本の良いところがなくなってしまいます。それらを理解し相手を尊重するのが国際理解だと思います。相手を認めるということは、良いとか悪いということではなく、相手はそう思っているということを理解する、この人の当たり前はこうだとわかってあげることが、相手と仲良くやっていく秘訣ではないかと、エクアドル・ブラジルと赴任して感じました。

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