各町の「だし(標識)」「福神」「前人形」を一覧にし、
写真にて紹介します。
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中町 (なかまち) 「ひょうたんやま」 中町は、6台の中で最初に建造された山車(やま)です。 だしのひょうたんは「子孫万代」の由緒をちなんだもの。 一個の種子をまけば、百個のひょうたんがなるといわれていることと 併せて、子孫繁栄を表したものです。 また、下山の構造が唯一伊達柱になっているところが特長です。 |
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上町 (かんまち) 「ささやま」 上町は、能登屋やつる屋をはじめ船問屋が軒をならべる富裕なまちでした。 曳山の完成は中町から遅れること4年となっていますが、 福神の布袋像はもっとも早くに製作されており、計画・着工は あまり差がなかったと思われます。 だしは「ささりんどう」です。 |
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本町 (ほんまち) 「がんがらやま」 本町は、福神に弁財天を奉った山車であり、 6町の中で唯一女性の神様を奉っています。 それにあわせて前人形もかわいらしい和人形が載っています。 だしは密教の法具である五鈷鈴の変形と見られています。 また大きな鈴ががらんがらんと音を出すことから、 がんがらと呼ばれるようになりました。 |
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寳路町 (ほろまち) 「せんまいやま」 寳路町という名前の由来は明らかではありません。 しかし、上町より分離したと伝えられ、また、 山車ができるまで神明社の御輿渡御に供奉する母衣行列に 奉仕したという実績があることから、そこから 町名に「寳路」(母衣)という好字を充てたと考えることができるようです。 だしは千枚分銅です。金銀を秤のおもりの形に鋳造して 不時に備えた重宝で、「富貴蓄財」の願望の象徴です。 |
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石坂町 (いっさかまち) 「じぃやま」 石坂町は、低湿地を新開してできた土地に伏木村の 住民がたくさん移り住んでできた町です。 この山車のみどころは、後へいの「菊慈童」ちなんだ 大輪菊の見事な彫り物と、高欄の上段が、 一連の透かし彫りふうの丸彫朱欄になっていることで、 この山車独自の珍しいデザインになっています。 だしの「寿」は、この山車のテーマである 「不老長寿」の願望を抽象化した吉祥文字です。 |
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湊町 (みなとまち) 「ちょうちょやま」 湊町は、比較的新しい新興のまちです。 それを象徴するように、もっとも大きく作られただけでなく、 唐木の後へいや褐色で統一した上山の彫刻など、 全体的に男性的な偉容を誇っています。 また、擬宝珠柱や横木の朱と金地との鮮やかなコントラストも見事です。 だしの「胡蝶」は、木製叩き地金箔塗の優品です。 |
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十七軒町 (じゅうしちけんちょう) 十七軒町は、現在の中道どおりに位置し、 だしには「ほら貝」を有する山車がありましたが、 明治(1880)の火災により焼失してしまい、 現在では、彫り物の一部を残すのみとなっています。 平成16年に福神である寿老人を復元いたしました。 |
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