けんかやまの はじまり

[HOME]
曳山の前期の創設は、 文政3年(1820)の中町(ひょうたんやま)に始まり、 同7年の上町(ささやま)、 天保12年(1841)の本町(がんがらやま)、 寳路町(せんまいやま)へと続きます。
建造に着手した直接の動機は、 鎮守の神明社(後の伏木神社)が波崩れの災に遭って、 文化11年(1814)に現在の地へ遷座した機会に求められます。

しかし、上町の福神(布袋)に、天明元年(1781)の紀年銘があることや、 「やま」ができる以前は、 祭日に福神を船問屋の座敷に請じてまつったという伝承が残されていること、 などの状況から推しはかると、 計画はもっと早く、安永の頃(1772~80)にまで 遡らせることができると思われます。



難しいので、簡単にいうと次のようものと思われます。
昔々、地元の神社が波による浸食により崩れてしまいました。
そこで、地主や船問屋などが丘の上(現在の地)に神社を造り、
御神体をそこに移すことになりました。
その時の御神体を乗せる御輿が現在の山車(やま)になりました。