第一回 あったがやと物語 雑学のページ 談話のトップへ戻る

 


御印地:
前田の殿様から拝領した土地
加賀二代藩主利長公が高岡に城を築き、町を開くにあたって、鋳物師を呼び寄せ、千保川の向こう側に土地を与えて、仕事をさせました。

できたてホヤホヤの昭和通り
昭和通りは、その名のとおり昭和になってから造られた幹線道路で、高岡駅から伸びて国道8号線と交わり、小矢部川まで続いています。この通りができる前ここに道はなかったと聞いています。造られた当時はどんな様子だったのでしょう。

昭和通り金屋町を分断!

鳳鳴橋落ちた〜さあどうしましょ
千保川は金屋の鋳物師にとってなくてはならない川でした。原材料の運搬、品物の出荷に、鉄道も大型トラックもない頃の重要な交通手段でした。鋳物に使う川砂の採集もしていたようです。また、火を使う職業なので火事になっても城下町への類焼を防ぐ役目もあったそうです。
七夕の夜(旧暦で行なうので8月7日)に、願い短冊をたくさんつけた七夕を千保川に流して、子供の成長を祈るというお祭りもあり、住民に親しまれている川です。

船頭と軍国少年

千保川も高度成長?

ウソかホントか川にまつわる裏話

ちんちんバス
金屋の家並みの中をバスが走っていたなんて驚き!

「ヤガエ〜」の秘話
今明かされる、弥栄節の合いの手「ヤガエ〜」の意味とは?

「馬のくそ」まんじゅう
下品な話ではありません。ほんわかとしたお話です。

馬車といたずら小僧
まねをしてはいけない話ですけど、のんびりとして、大らかな時代だったことを窺い知ることができます。

 

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