加賀藩二代藩主・前田利長は、高岡入城間もない慶長16年(1611)に、町づくりのため鋳物発祥の地である河内国丹南郡(現在の大阪府堺市)の流れをくむ、砺波郡西保金屋(現在の高岡市戸出西部金屋)より鋳物師7人を招きました。その後も同17年に1人、翌年に3人を招き、合計11人によって高岡鋳物は始まることとなります。利長は彼らに千保川対岸の土地を与え、鋳物場を開設させて業を興したとされています。その後も歴代藩主の手厚い保護により、様々な諸役(税)の免除や通行の自由、山林竹木伐採などの特権を与えられて急速に力を増し、北国筋(若狭より越後までの北陸全域)における鉄鋳物業を支配するまでの勢力を保有し栄えていました。

加賀藩二代藩主
前田利長公肖像
(長光寺提供)