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■ 金光院の宝篋印塔について

 金光院の宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、寛政9年(1797)に建立された。現在は、コンクリートの基壇の上に 台座として凝灰岩、そのうえは佐渡石の石塔である。コンクリート基壇は、昭和7年に消失した鐘楼堂の基礎を転用して昭和10年ごろ石塔を据え直したと伝えられている。高さは、コンクリート基壇を含め5.42mある。

 配布資料は、石造物の研究をされていた京田良志さんが書かれたもののコピーである。

 これによると、この塔を寄進した卯屋仙吉の子孫が今も新湊に居られるらしい。その子孫は、卯尾仙さんらしいということを関連した資料などから書かれている。また、小杉町の薬勝寺の三十三所観音石仏の2番(札所ナンバー)に、その卯尾仙さんの名が刻まれている。

 また、この報告書では佐渡御影とかいてある。しかし、後日訂正され、佐渡石と呼ばれる安山岩である。この石と同じものが富山市長慶寺の五百羅漢や、石動山の江戸時代の後半の石造物に多く使われている。おそらくは北前船の関係で佐渡との交流があったのであろう。さらに、ここに佐渡の石工の名前も彫られている。

  【配布資料】
     「小杉町の石仏」第三集 1988年 小杉町教育委員会編 23-24
     「小杉町の石仏」第四集 1989年 小杉町教育委員会編 27-28

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