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高岡地学研究会会員   亀遊 壽之さん
『「なつかわ」と「太田石」』
講演録

 高岡地学研究会の亀遊でございます。今日は『「なつかわ」と「太田石」』というテーマでお話したいと思います。いまほどご紹介ありましたように、「二上山」研究第4号の55ページから57ページにも同じタイトルで掲載しておりますので、ご参照いただければと思います。

 この「二上山」の版画は、佐竹清先生の版画ですけれども、好きなので、先生にお断りして使わせていただきました。
この図は氷見市史から引用した二上山周辺地質図に、地層ごとに、記号を加筆したものです。二上山、それから城山、鉢伏、そして大師岳。ここが雨晴海岸にあたりますが、この二上山を取り巻いて南西側の、東海老坂、そして北東側の雨晴海岸には、よく似た石灰質の砂岩の露頭崖を観察することができます。この東海老坂では、国道160号を、高岡から北へ向かって、手前が万葉ラインの海老坂側の入り口ですが、右手の崖が石灰質砂岩の崖です。このまま北に向かって高岡養護学校の道を挟んで向かいのあたりの崖まで、分布しているわけです。この崖の地層は、「頭(ズ)川(カワ)層」という名前で呼んでいるわけです。頭川層という地層は、国吉校区の頭川という地域でよく観察されるところから、昭和のはじめに名づけられた地層です。今は入りにくくなっていますが「岩崎温泉・凧」という温泉の裏の崖で、昔はたくさん化石を採取することができました。全国から多くの研究者が調査に訪れています。頭川層は守山から国吉、そして福岡町と西山一帯の山裾に広く分布していますが、大規模な土砂採掘が行なわれて、変貌が著しい状況です。

 新潟県の刈羽郡、いまでは柏崎市になるのでしょうか、夏川谷というところに、ほとんどが石灰質の殻を持った原生動物・有孔虫などの生物の遺骸からできている化石層を夏川層と呼んでいるのですが、頭川層の岩相(顔つき)が、夏川層の岩相とよく似ているところから、頭川層を「なつかわ」とも呼んできたわけです。この頭川層の地層の厚さは、100メーター余りありますが、全般にわたって石灰分が非常に多く、塩酸を加えて溶かしてみると、多いところでは70%以上が溶けてしまいます。非常に固くなっている部分もありますが、この石灰分に富んだ砂は雨水に溶けて固くなるところから、昭和30年代からグラウンドの埋め立てとか、高速道路の路床剤などに利用されて、ひとつの山がなくなるほど大規模な土砂採掘が行なわれてきました。グラウンドで貝の化石を見つけたという覚えのある人もおいでかと思います。

 東海老坂の地層は、この頭川層の下部に当たるところに対比できると考えています。採取したサンプルは、東海老坂で採取したものです。

 北東側にも、同じような石灰質の砂岩層が見つかります。これは雨晴ホテルの裏の崖の続きですが、このあたりは地層のようすが斜めになって乱れて堆積しています。これをクロスラミナと呼んでいますが、非常に水流の荒いところで堆積したものであろうと考えられます。偽りの地層と書いて、「偽層」というふうに呼んでいます。

 雨晴の砂岩層には軽石粒を含むことが多いのですが、特に固い部分、見るからに固そうなところがあるかと思いますが、この固い部分は「太田石」とか、あるいは「岩崎石」という名で呼ばれています。「太田石」は古くは古墳時代から、石材として切り出された経緯があり、石灯籠とか石碑、または家の土台として利用されてきました。義経岩、男岩、女岩、これも固い「太田石」の部分です。4年前、平成15年の2月の女岩周辺の調査では、この女岩の崩された岩に、矢穴の痕がありました。太田石を切り出していたということがわかりますが、高岡城や守山城の石垣の一部には、この太田石が使われています。

 東海老坂と雨晴の崖、「なつかわと太田石」と言えばいいかと思いますが、共通した大型化石が見つかっています。その一部をここにお示ししますが、オウナガイ。それから肋の数が25から30本のヨコヤマホタテガイ。それから片耳で、頂角が90度ほどのコシバニシキガイ。それからこれも片耳ですが、コシバニシキガイに比べると鋭角になっていて、肋が数本で、非常に凹凸が激しいエゾキンチャクガイ。このような大型の化石が東海老坂(なつかわ)でも、それから雨晴(太田石)でも、この大型の化石が見つかっています。この中で、オウナガイとエゾキンチャクガイの仲間は、現在も生きている仲間ですが、オウナガイの仲間は沖合いの泥の中に、このエゾキンチャクガイは東北以北の冷たい海の、潮間帯から深さ20メーターぐらいのあたりの岩礁に付着して生活しています。

 東海老坂と雨晴の地層は、よく似た岩相(顔つき)つまり石灰質の砂岩であること、あるいは共通の大型化石を含むという特徴から、マクロには同じ時期に、よく似た環境で堆積した地層であろうと推測できます。

 ところが、これは昭和41年(1966年)、富山県発行の「氷見海岸・二上山学術調査書」に見られる二上山地域の地質図ですが、この雨晴海岸の石灰質の軽石砂岩層が「矢田砂岩層」という名前で記されています。また、昭和61年、金沢大学の山崎さんの卒論では、雨晴砂岩層と矢田砂岩層は明確に区別されています。そして矢田砂岩層の上に、不整合の関係で雨晴砂岩層が乗っているます。明らかに違ったものとして再定義されていますが、雨晴砂岩層と頭川砂岩層との関係はクエスチョンマーク、要するに不明確になっているわけです。更に、これは先ほどの氷見市史ですが、この頭川層にあたるのが、「十二町砂岩層」という地層です。そして雨晴の雨晴砂岩層。氷見市史では、十二町砂岩層と雨晴砂岩層が、分けて記されています。

 そこで、マクロにはよく似ている二つの地層ですが、ミクロにはどうなのかということで、小さな微化石として、有孔虫とか、それからケイソウとか、あるいは石灰質ナンノといったものがあるのですが、その有孔虫や石灰質ナンノの微化石で、この東海老坂の頭川層と、この北東側の雨晴の雨晴砂岩層との関係が明確にならないだろうかということで、海老坂のサンプルと雨晴でのサンプルを、群馬県のパリノ・サーヴェイ調査研究部へ送ってこの微化石分析を依頼しました。

 「有孔虫」これは殻を持ったアメーバの仲間、原生動物。それから「石灰質ナンノ」というのは、単細胞でべん毛を持った藻類の仲間です。有孔虫は大きく分けると、海洋に漂う浮遊生活をしているタイプと、海草などに付着して、あるいは岩に付着して、底生生活をするタイプがあります。底生生活をするものは、よく見ると寒流、冷たい海を好む仲間と、暖かい海・流れを好む仲間があります。

 パリノ・サーヴェイ調査研究部の分析結果によれば、東海老坂と雨晴の両方の地層の中から見つかっている底生有孔虫が、ここに掲げてある写真です。大きさは、0.4〜0.5o程度です。これはCibicides lobatulusというCibicidesの仲間です。これはElphidium crispumというElphidiumの仲間です。これらは底生ですから、海草などにくっついて生活をしているのですが、暖かい海を好む暖流系の有孔虫です。これが非常に多いんです。それに混じって、Cassidulina属、これは冷たい海を好む仲間ですが、その他、浅い海を好むIslandiellaという仲間が、東海老坂と雨晴の地層の両方の中に含まれている、そのような結果が出てきました。

 これも東海老坂と雨晴のサンプルから出てくる、浮遊性の有孔虫です。大きさは、0.2〜0.3oです。これは海流に乗って広く世界に分布するわけですが、非常に多かったのがこの1番のGlobigerina bulloidesという種です。その他にNeogloboquadrina属の仲間が両方のサンプルから見つかっています。

 東海老坂と雨晴では、有孔虫の組み合わせ、組成的には非常によく似ていて、浅い海、あるいは大陸棚といった海域に堆積した地層であろうということが推測できますが、東海老坂ではNeogloboquadrina pachydermaという種がいて、右巻きの殻が多かったのです。右巻きのNeogloboquadrina pachydermaが多いことから、この地層がたまった時代は、鮮新世から更新世の前期にかけて、今から200万年前くらいに堆積した地層であろうということが推測できます。
石灰質ナンノについては、先ほど位置づけを、言いましたがこれが、石灰質ナンノプランクトンの化石です。大きさは、大体100分の1ミリ前後ですが、こういったものが広く分布しているわけです。この2番、3番、4番。Coccolithus pelagicusという種が、圧倒的に多かったということです。東海老坂のサンプルからは、この10番のGephyrocapsa spp.という仲間が見つかったということで、堆積した時代は鮮新世の後期から更新世の前期、今から275万年から172万年前ごろに堆積した地層であろうという結果が出ています。

 パリノ・サーヴェイによる微化石分析によれば、この有孔虫と石灰質ナンノ化石から、東海老坂のサンプルは、氷見に分布する十二町層に相当するであろう。それから、雨晴のサンプルも同じく、十二町層に相当するであろう。つまり、この二つのサンプルは同じ時期に堆積した地層と推測できるという結果が得られたわけです。

 10年間の二上山総合調査研究のいよいよ後半に入って、いよいよ研究集録に向けてまとめ始めるわけですが、東海老坂と雨晴の石灰質砂岩層については、同時期に堆積した地層として、「頭川層」という名前で、同じ色、同じ記号で塗っていきたいと考えています。最近の論文では、火山灰をカギ層として、地層の堆積時代を対比している論文がいくつも見られますが、頭川層の中にも火山灰を挟んでいますので、火山灰についても注目していかなければならないと考えています。

 以上で私のつたない発表を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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