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作品紹介 > 9.モジャ公
〜 藤子・F・不二雄の最高傑作
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「モジャ公」の先進性
「藤子・F・不二雄先生の最高傑作は何でしょう?」誰かがもしあなたにこう問いかけたら、あなたなら何と答えますか?
「ドラえもん」、「パーマン」、「ウメ星デンカ」、「ジャングル黒ベエ」、「エスパー魔美」、「キテレツ大百科」、「タイムパトロールぼん」、「21エモン」、「バケルくん」、「チンプイ」、「ポコニャン」、「みきおとミキオ」etc….
もしあなたが藤子マンガのファンなら、すぐに10以上の作品名が浮かぶでしょう。そして恐らくそのほとんどの方が「でもやっぱり最高傑作は「ドラえもん」だよな…」と呟くのではないでしょうか。
もちろん僕もそれに異を唱えるわけではありません。作品数の多さ、物語のバリエーションの豊富さ、キャラクターの魅力やストーリーの面白さ等、どれをとってもドラえもんはF作品の中でも抜きんでた存在であり、その意味では代表作に相応しいと思います。また、藤子F先生が生涯にわたって描き続けてこられた「SF生活ギャグマンガ」の最高峰であり、知名度から言ってもF作品を論じる時、何を於いてもまず語りださねばならない作品は「ドラえもん」以外には考えられないと思います。しかし、こと話が「最高傑作を一つだけ選ぶ」ということになると、僕には、代表作「ドラえもん」を差し置いてまでも、敢えて挙げたい作品があります。今回ここに取り上げる「モジャ公」がそれです。
「モジャ公」のあらすじは次の通り。
主人公は地球人の少年、天野空夫。負けるとわかっている相手にケンカを吹っ掛けたり、0点の答案用紙を親に内証でゴミ箱に放ったりと「ズボラでいいかげん」なところが宇宙人モジャ公とロボットのドンモに気に入られ、宇宙へと家出することになりました。
宇宙人から見た地球は、文化レベル0.3で星間連合にも入っていない未開の星。凶悪な犯罪を犯した宇宙人でさえ、空夫が地球人と名乗るだけで震え上がるほどです。
かくして、我らがズッコケ三人組は宇宙の星から星へと渡り歩いて次々と大冒険を繰り広げることになるのでした…。
「モジャ公」は、昭和44年11月から昭和45年8月まで、講談社発行の雑誌「ぼくらマガジン」に連載されました。
その当時のマンガ界の状況は、藤子・F・不二雄先生にとって決して順風とはいえませんでした。「巨人の星」で始まったスポ根マンガがブームを迎え、漫画読者の年齢層が高くなるとともに内容もより過激さを増し、そうした中、元来丸っこい絵柄が持ち味で穏やかな作風を持ったF作品は、徐々に時代から取り残されつつありました。藤子先生ご自身、後にこの時代を振り返って、作品の内容が悪いとは思えないのにさっぱり人気が得られず、非常につらい時代であったと述べられています。恐らく編集者から(人気を得るために)過激な表現を強制されたこともあったのではないでしょうか。「恐竜の星」の巻では、主人公天野空夫の仲間ドンモが恐竜に食べられるシーンで飛び散る血しぶきを描き、「ざんこく…」「これはギャグまんがじゃなかったか?」「藤子不二雄はくるってる!」「少しでも人気を取ろうと思って!」等と登場人物に自虐的とも思える会話をさせています(現行の単行本では「藤子不二雄はくるってる!」のくだりが「作者は頭がおかしいんだ!」に変更されています)。あるいは、先生の繊細な感受性が、時代の要求を敏感に感じ取った結果とも考えられます。
だからこの作品に通底する暗さや過激さは、作者本人が本来望んだものではなかったかもしれません。しかし、それにもかかわらず、否、それだからこそ、マンガ「モジャ公」は全F作品の中でも特異な位置を占める凄絶な傑作になりました。実際SFマインドがこれほど横溢し、しかも最後まで緩みや破綻無しで描ききられた作品は、現在までに発表された全てのSFマンガ作品の中でも希有の例なのではないでしょうか。少なくともここには陳腐な「人間愛」も型にはまった「正義感」も月並みな「ロマンティズム」もありません。人間の本性であるエゴイズムや残酷さ、虚栄心や欲望等が秀逸なギャグとともにありのまま描かれているのです。
モジャ公やドンモは地球人空夫を田舎者とバカにして嘲笑い、空夫があだ討ちの対象としてスーパー宇宙人ヌエに命を狙われるや、「あんたどなた?」などと白々しく他人のふりをします。空夫は自分の命が助かるためならモジャ公やドンモを道連れにするのも厭いません。人間はエゴイストであり、誰しも自分が一番かわいいものだという真実が淡々かつ克明に描かれます。しかしだからこそ、ぎりぎりのところで、モジャ公を負ぶって恐竜から逃げる空夫や銃を手にして空夫とともにヌエに立ち向かうモジャ公やドンモの行動の得難さが、より説得力をもって迫ってくるのです(モジャ公や空夫の眼に光る涙にご注目ください)。
もちろん、そうした点だけが「モジャ公」を傑作たらしめているわけではありません。ストーリーの面白さや藤子SFならではの破天荒なアイディアの楽しさだけでも、この作品はとびっきりの「マンガを読む喜び」を約束してくれるでしょう。
また50頁以上にわたる中編が多いのも他のF作品と異なる「モジャ公」ならではの魅力。エピソード中の傑作は、永遠の生命をテーマにした二作、「自殺集団」と「天国よいとこ」でしょうか。いやいや無類のストーリーテラーぶりを発揮した「アステロイド・ラリー」も抱腹絶倒すること請け合いだし、荒廃した星を舞台に身に覚えのない理由で命を狙われる「ナイナイ星のかたきうち」のセンス・オブ・ワンダーも捨てがたい。結局この作品は、全てが見どころ読みどころだとしか言えません。唯一の瑕疵は、唐突に大金持の令嬢モナが登場する現行単行本のラストシーンぐらいでしょうか(ここだけは旧版のままの方が良かったのではないかと思えてなりません)。
ともあれ「ドラえもん」や藤子・F・不二雄先生が好きな人には勿論、そうでない人には尚更読んでもらいたい。これは世紀の傑作です。
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