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藤子まんがのルーツ「たかおか」

作品紹介 > 3.パーマン

〜 リーダーとしての素質 〜  「パーマン」

「パーマン」第3巻
小学館(てんとう虫コミックス)
昭和56年12月25日 初版1刷
 「パーマン」は、昭和41年11月号から小学館の学年誌で連載が始まり、その後、テレビアニメ化にともなって「週刊少年サンデー」にも拡大連載されました。藤子・F・不二雄先生が得意とする、SFギャグマンガの代表作の一つであり、この作品で先生のファンになった人も多いのではないでしょうか。
 「パーマン」は、言うまでもなく「スーパーマン」のパロディですが、よく知られているとおり、この作品の前身として、藤子不二雄先生の「わが名はXくん」「マスクのXくん」があることを忘れてはいけないでしょう。「ダメな少年が宇宙人からもらった超能力でスーパーマンになり、身近な事件を解決する」という基本設定は前掲の作品からそのまま受け継いだもので、それだけに両先生の共通点と相違点を考える上でも(ここでその問題を深く掘り下げることはしませんが)非常に興味深い作品です。
 「わが名はXくん」は、残念ながら単行本化はされていませんが、現在も描き続けられている「まんが道・愛知りそめし頃」に内容が紹介されていますので、ぜひご覧になっていただきたいと思います。


 それでは、「パーマン」に登場する5人のパーマン達をご紹介しましょう。
〈パーマン1号〉
本名:須羽ミツ夫。小学生の男の子。地球で一番最初にバードマン(オリジナルの設定はスーパーマンだった)からパーマンセットをもらった。勉強も運動も苦手で、どちらかというと落ちこぼれに近いが、正義感は人一倍強い。素直で心優しい少年である。
〈パーマン2号〉
本名:ブービー。実は人間ではなく、チンパンジー。帰りを急ぐバードマンに適当に選ばれ、パーマン2号となった。チンパンジーであるため言葉はしゃべれないが、パーマン仲間とはジェスチャーを交えて会話ができる。探し物の名人で、1号とは名コンビ。
〈パーマン3号〉
本名:鈴木伸子(芸名:星野スミレ)。あだ名はパー子。小学生だが、その正体は人気絶頂の少女スター、星野スミレである。(初期の頃のモデルは、美空ひばりさんだと思う)パーマン仲間には、正体を秘密にしている。
〈パーマン4号〉
本名:大山法善。大阪のお寺の息子で、あだ名はパーやん。大阪人らしく(?)商才に長けていて、パーマンの仕事のかたわら、超能力を活かしてアルバイトをしている。いつも冷静で合理的な考え方をする。
〈パーマン5号〉
本名:山田浩一。愛称はパー坊。パーマン1号の正体を見てしまったために、秘密を守るため、パーマン5号となった。まだ赤ん坊だが、パーマンとしての能力値は高い。しかし、後にコロコロコミック等で再連載されたときには登場しなかった。
〈コピーロボット〉
設定はロボットだが、決して〈アイテム〉などではない、重要な〈登場人物〉である。鼻のボタンを押すと、押した者に変身する。性質や能力もコピーされるが、それぞれのパーマンのアイデンティティはあらかじめメカニズムに組み込まれているようで、何に変身しても「自分は○○のコピーロボットだ」と認識している。
ちなみに、藤子マンガによくある「少年と「異世界から来た友達」との会話によって物語を進行させる」パターンを「パーマン」に当てはめると、コピーロボット(つまりもう一人のミツ夫)がその役割を務めている(初期の頃は2号が相棒を務めることが多かった)。


「パーマン」第5巻
小学館(てんとう虫コミックス)
昭和58年10月25日 初版1刷 おおまかにいって「パーマン」には二つの作品世界があります。
 一つ目は、子供たちの日常世界にパーマンという超能力者が入り込むことによって巻き起こる騒動を描いたもの。つまり、「日常の冒険化」です。
 妹のガン子やパパとママ、ミツ夫が憧れるヒロイン役のみち子やいじめっ子役のカバオとサブなど、藤子マンガの王道ともいえるキャラクターの人物達がここでも登場し、パーマンと一緒に様々なドラマを繰り広げます。

 二つ目は、上記とは逆に、冒険を日常化した世界。
スーパーヒーローものにふさわしい冒険潭も、もちろん数多いのですが、パーマンの場合、完全に日常から遊離するわけではなく、どんな大冒険でも小市民的な日常感覚で裏打ちされていて、それによって物語に奥行きと実在感がもたらされているのが特徴です。

 たとえば、代表作の一つ「鉄の棺おけ突破せよ」の巻を見てみましょう。
 空気爆弾研究の世界的権威者ボム博士が、Q国に誘拐され、パーマン達に助けを求めてきました。ボム博士が閉じ込められているのは、〈鉄の棺おけ〉という異名を持つQ国の軍事研究所。そこは、Q国の奥深く、荒野のまっただなかにあり、そこに行き着くまでにも密林や血に飢えたオオカミが待ち受け、かつ一面に張り巡らされたレーダー網が、近づく者を誘導弾のエジキにしてしまうという恐るべき牢獄でした。

 「鉄の棺おけ突破せよ」は、この牢獄にいかにして潜入し、博士を助け出すかという、まるでスパイ大作戦を彷彿とさせるような本各的冒険物語です。
 パーやんが知恵を働かせて鉄の棺おけに入り込むあたりのアイディアにはデュマの「モンテ・クリスト伯爵」やフリーマンの「13号独房の問題」等からの影響も見て取れますが、それはさておき、この非日常的な冒険物語にリアリティを持たせるため、藤子先生が持ち込んだ方法が、〈日常性とのドッキング〉でした。

 冒頭、パーマンが、ある事件を解決して疲れて家に帰ってきたところ、カギがかかっていて入れないところから物語は始まります。
結局は、ヘとへとになりながら地面に穴を掘ってわが家に忍び込むはめになるのですが、この〈忍び込む〉というところがキーワードになっていて、鉄の棺おけでも、パーマンは誘拐されたボム博士を救出するため、ボロボロになりながら敵地に潜入(忍び込む)するわけですし、それはそのまま、最後のオチ〜再び疲れきって帰ってきたパーマンが、地面に穴を掘りながら「もう忍びこむのはあきあきだい」とぼやく場面〜につながっていきます。
 空想的な物語と日常のできごとを、共通する何かで無理やりリンクさせるという〈力技〉を用いることによって、どんな奇想天外な冒険でも日常性を失わずに物語ることができる。
これが、パーマンの大きな魅力になっている「冒険の日常化」です。


 もう一つ忘れてはならないことは、ミツ夫がマスクとマントをつけてパーマンになっても、決して理想化された完全無欠のスーパーヒーローに変身できるわけではない、ということでしょう。
生来のオッチョコチョイな性格は変わらないため悪人に簡単に裏をかかれたり、人の良さにつけこまれて失敗したりと、パーマン仲間の中でのミツ夫の能力値は、決して高いとはいえません。ダメ少年ミツ夫は、パーマンになってもやっぱり(他のパーマンと比較すると)ダメなパーマンなのですね。
それでもやはり、パーマンのリーダーはミツ夫であり、番号ぬきで「パーマン」と呼ばれる、パーマン達の代名詞的な存在は、ミツ夫以外には考えられません。
 それは、何故なのでしょうか。

 客観的に見て、5人の中で最もリーダーに適した素質を持っているのは、4号のパーやんでしょう。
 物事の先を見通す判断力、常に冷静・沈着で説得力のある話ぶり。パーやんのこうした能力は、文句なくリーダーにふさわしいものです。
 本来はリーダーになれる素質を十二分に持っているにもかかわらず、それを1号に譲っているのは、恐らく、彼が非常に合理的な考え方の持ち主であるためではないかと思われます。
 つまり、パーやんは、リーダーなんていう、疲れるうえに一文の得にもならないことには、はなっから興味がないのでしょうね。商売においてもパーマン業においても、少ない労力で最大の成果をもたらすことが、パーやんの信条なのだと思います。
 パーやんには、リーダーとして絶対必要な性格である「熱さ」が不足しているのですね。そして、それが、どんなにオッチョコチョイであわてん坊でも、ミツ夫がパーマンのリーダーとして認められている理由でもあります。

 ミツ夫は、時に、周囲から評価されないことにいらだち、何度も「パーマンをやめたい」と考えます。
 傑作中の傑作である「パーマンはつらいよ」の巻では、「つらい思いをしてもなんのとくにもならないし、だれ一人ぼくに感謝してくれるわけでもない」のに、なぜ人助けをしなければならないのかと悩み、バードマンを問い詰めます。
「自分のとくにならなくても、ほめられなくても、しなくちゃいけないことがあるんだよ」
「どうしてさ。なぜ? 教えてよ」
「自分で考えたほうがいい。そのうちきっとわかるよ」
あくまでもミツ夫自身に答を見つけださせようとするバードマンに対し、ミツ夫は激昂します。
「そんな返事はインチキだ。ごまかしだい。ぼく、パーマンをやめます!」そう叫ぶやいなや、パーマンセットを放り出し、バードマンの留めるのを振りきって帰ってしまいます。
 その夜遅く、突然勃発した水害に、救助に駆け付けるパーマン仲間達がミツ夫を誘いに来ます。しかし、肩の荷を下ろし、ようやく今夜からグッスリ眠れると考えていたミツ夫は、仲間の呼びかけにも耳を塞ぎ、追い出してしまいます。
 暖かいふとんにくるまれ、ホット一息つきながらも、ミツ夫の脳裏には一抹の不安がよぎります。「現地の人たちは大変だろうな…。関係ないけどさ…」
 困っている人たちを何とか助けたい…というやむにやまれぬ思い。それは、とりもなおさず、ミツ夫の人間性(ヒューマニズム)の証なのですが、作者は(本当に鋭いことに)、その後の葛藤も描きだします。
 「ねむれることは楽しいな。あったかいふとんはうれしいな。ぼおくはよい〜子だ、ねんねしな」
 自分自身に言い聞かせるように、子守歌を口ずさむミツ夫。眠れず、悶々とするミツ夫の胸中にこだまする助けを求める人たちの叫び声…。
 それからしばらく後、ミツ夫は突然起き上がり、パーマンセットを身に付け、窓から飛び出します。すると外にはバードマンが立っていました。
「なんのとくにもならず、人にほめられもしないのになぜ行くんだい?」
「わからない…。でも行かずにはいられないんです。わけはあとで考えるよ」
 飛び去っていくミツ夫に手を振りながら、バードマンは、そっとつぶやきます。
「だれがほめなくてもわたしだけは知ってるよ。きみがえらいやつだってことを」

 パーマン仲間のだれもが(そして読者である僕たちも)認めるミツ夫のリーダーとしての素質は、何よりも、いろんな悩みをかかえながら、ときによっては爆発しながらも、あくまでも前向きに、困っている人を助けるために精いっぱいの努力をする、その姿勢にこそあるのだと思います。
 そして、そんな「熱い」ミツ夫だからこそ、きっとパー子は恋をしたのでしょう。
 「パーマン」の魅力の最後の一つ。それは、ミツ夫とスミレのラブ・ロマンスにあるという指摘は、多分正しい。


 

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