藤子両先生が、毎年初詣に来られたのが、この射水神社です。
射水神社の歴史は、伝によれば養老年間(714〜723)、僧行基が二上山麓に建てた養老寺に、二上権現と称して祀ったのが二上神の鎮座といわれ、当時の領域は二上全山の22万坪余りにも達しました。
その後、承平(931〜938)、天正(1573〜1592)の二度にわたる兵火で焼失しますが、慶長五年(1610)、加賀藩主・前田利家公により復興。明治4年
(1871)には、越中国で最も格式高い「国幣中社」に列せられます。明治8年、高岡城本丸跡の現在地に遷座され、明治33年6月、高岡大火の折類焼しましたが、明治35年復興しました。遷座よりすでに130年以上がたち、名神大社の格式を今も守り続けています。 |