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ゆかりの地ツアー > 4.高岡駅・末広町通り

〜当時(昭和30年代)のにぎわいは絶頂〜
高岡駅・末広町通り

高岡駅

 藤子両先生が東京へと旅立たれた出発点はこの高岡駅です。
今は駅前から末広町にかけて、立派な商店街になっていますが、高岡駅が開業した明治31年11月頃は、畑地や笹原で人家も少なく、七本杉と称する老大樹が狭い道の真ん中を塞いで寂しいところだったそうです。

旅立ち
 −(前略)「じゃあいってくるから」と手をふりつつ、わりにあっさりと高岡をたつ。
 男子一度、志を立てて・・・・・か。
 東京なんかいって、大丈夫なんやろか。ほんとに漫画家になんてなれるのかいな?
 なにかトンデモナイことをしでかしてしまった気がして、藤本氏の顔を見る。彼も不安そうに小生の顔を見る。
 でも列車はドンドン高岡を離れていく。
 しゃあない。なんとかなるやろ。−

「二人で少年漫画ばかり描いてきた」 藤子不二雄 毎日新聞社 1977


高岡駅

末広町通り

 ここには、藤子両先生が通った文苑堂書店や今は姿を消してしまった高岡劇場・高岡文化劇場などの映画館がありました。当時、文苑堂のご主人は先生たちが買いに来る本を取り置きしてくれていたそうです。
 また、和菓子の大杉堂「おやき」は、藤子不二雄先生の大好物で、塩谷昆布店(大仏前)の「たばこ昆布」女傳(末広町)の「はべん(赤巻かまぼこ)」とともに、ふるさと高岡の味であると語られています。
末広町通り

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