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オバQが教えてくれたこと > 9.宿命のライバル登場(3)
〜 オバQが教えてくれたこと(9)
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宿命のライバル登場(3)「やさしいドロンパ?」
オバQとドロンパ。どちらも極めて魅力的なキャラクターですが、その魅力の質には大きな違いがあるように思います。
一方のオバQは天真爛漫で素直。子供のように無垢で純粋で、他人に騙されることはあっても騙すことなど思いもよりません。バカにされると怒り、困った人を見ると助けずにはいられないオバQは、裏表のなさ故に誰にも愛される存在だと言えるでしょう。
一方ドロンパはといえば、自惚れが強く、いじっぱりで負けず嫌い。素直じゃないうえに平気で人をバカにしたりウソをついたりします。お世辞にもかわいげがあるとは言えません。
にもかかわらず、ドロンパは子供にとってオバQに劣らず魅力的なキャラクターでした。個人的な思い出で恐縮ですが、子供のころ僕はオバQと同じくらいドロンパが好きで、彼が登場するエピソードは本がボロボロになるまで繰り返し読んでいた記憶があります。
今振り返ると、能力の優劣とは関係なく、オバQは僕にとってはなろうとしてもなれない憧れであり、逆にドロンパには子供の頃の自分自身の似姿を見ていたように思います。韜晦偽悪趣味(とうかいぎあくしゅみ)と言いますか、余りに恥ずかしがりやのため他人に対して素直に心を開けないドロンパの気持ちは、その当時の僕にはとてもよく理解できるような気がして、自然に感情移入ができたのでしょう。オバQが太陽ならドロンパは月。月はいつも地球に同じ側を見せているそうですが、ドロンパにも誰にも見せたくない裏の素顔(本心)がありました。ドロンパ編最終回となる今回は、そうした部分がとてもよくわかるエピソード「やさしいドロンパ」をご紹介したいと思います。
天気の良いある日、神成さんがドロンパを釣りに行こうと誘いますが、ドロンパは気乗りしない様子。
「また今度にしようよ。今日はいそがしい」
「いそがしいってべつに何もしてないくせに」
「だからこれから何をするか考えるのにいそがしいんだ」
ドロンパの返事に少しばかり気分を害した神成さん。仕方がないので一人で出掛けようとしたところ、なんとゲタが釘で打ちつけられていました。ドロンパの仕業です。これでは外には出れません。ひどいイタズラに腹を立て、気分直しに酒でも飲もうと一升瓶を手に取ったところ、中は空っぽ。これまたドロンパのイタズラでした。
「実験してみたんだよ。イヌにお酒を飲ませたらどうなるか」さすがに腹を立てた神成さんは、ドロンパをしかろうと追い掛けますが逃げられてしまいました。
すっかり落ち込んでしまった神成さんは、たまたま通りがかったオバQに悩みを打ち明けます。
「わしはあいつがかわいいんだ。孫みたいに思ってる。ところがドロンパの方はわしをどう思ってるのかさっぱりわからんのだ」
「つまりおじいさんをすきかきらいか知りたいというんだね。そんならためしてみればいい」
「どうやって」
「なにかドロンパの大事にしてるものはない?」
オバQは神成さんに頼んで、ドロンパの大切にしている化けくらべコンテストの優勝トロフィーを持ってきてもらいました。神成さんがケガをしたとウソをつき、病院へ運ぶ途中にこのトロフィーを投げ出して、神成さんとトロフィーのどちらをとるかをみようというのです。二人は早速行動に移しました。
「ドロンパ、おじいさんがケガをしたぞ」
「えっ」家へと駈けていくドロンパ。やっぱりおじいさんのことは気にかかるようです。チャンスを見て、神成さんを負ぶって歩くドロンパの目の前にトロフィーを投げ出しましたが、さすがはドロンパ。トロフィーを抱きかかえると同時におじいさんも助けたため、結局どちらがより大切かはわからずじまいになりました。
再び一計を案じたオバQと神成さん。今度は仮病を使ってドロンパがどれくらい心配するかためすことにします。しかし、何かおかしいと疑ってふすまの陰で見ていたドロンパは、医者に化けて逆に二人をからかいます。
困り切ったオバQが尋ねます。
「きみはおじいさんのことをどう思ってるの」
「男の年寄りだと思ってる」
「そんなことじゃない。おじいさんを大事に思ってるかどうかを聞いてるんだよ」
「それは大事に決まってる」
「ほんとか。どうして大事なんだね」
喜んだ神成さんが駈けよってドロンパに問いかけると、
「だっておじいさんがいなくなったら遊んでてごはんが食べられないもの」
ドロンパのつれない返事にがっくりときた神成さんは、とうとう本当に熱を出して寝込んでしまいました。
「ひどいやつだなあ」
オバQもすっかり腹を立て、ドロンパを責めるのでした。
「なにをそんなにおこってるの」
憤懣やる方なく妹のP子に事情を説明したオバQ。P子はドロンパに化けておじいさんを慰めることにしました。
「おじいさん。熱があるときはアイスクリームを食べるとさっぱりするよ」
ドロンパ(実はP子)の優しい言葉に感激した神成さん。これで神成さんの病気も治るかと思われましたが、あまりの感動ぶりにもらい泣きしたオバQがうっかりとP子に声をかけたため、すべてはご破算になってしまいます。その後、本物のドロンパが登場し、
「おこづかいがあまったからアイスクリーム買ってきたよ」(この言い方がいかにもドロンパらしいですね)とアイスを差し出しますが、
「バカッ、そんなに何度もだまされないぞ」とますます腹を立てる神成さん。尚更こじれてしまいました。
P子は最後の方法として、ドロンパを空き地に呼びだして直接本心を聞き出すことにしました。同時にオバQは神成さんをこっそりと空き地に運びこみます。
「教えてほしいことがあるんだけど」
「いいとも。P子くんのたのみならなんでもきくよ」
「おじいさんがつりに行くのをなぜじゃましたの」
「今日は日がカンカン照ってるだろ。年寄りが長い間おもてにいてはからだに毒だからさ」
「じゃ、お酒をイヌに飲ませたのは」
「おじいさんは血圧が高いからお酒を飲んじゃいけないんだ。だから庭へすてたらイヌがなめた」
「どうしておじいさんにほんとのことをいわなかったの」
「だって照れくさいや」
「そうだったのか!」すっかり感激してドロンパにとびつき抱きしめる神成さん。外見も気にせず、ほお擦りする神成さんに迷惑そうなドロンパ。
「よしてよ、はずかしい」
そして…「わしはおまえをはなさないよ」と真っ赤な郵便ポストを負ぶさって歩く神成さんの姿に、あぜんとする近所の人々の姿がありました…。
これはいつも感じることなのですが、マンガのストーリーを文章で表現するのにはどうしても無理があります。本来なら作品中のカットをいくつか紹介し、足りない部分だけを文章で補足できたらどんなにいいかと思うのですが、著作権の関係で残念ながらかないません。ましてやオバQの場合、単校本そのものが現在は発行されておらず、読みたいと思っても読めない状況です。神成さんとドロンパの情愛を描いて、全オバQ物語の中でも屈指の傑作だと個人的に信じる「さよならドロンパ」の巻など、是非ご紹介したいと思う一方で、優れた作品だからこそ先入観なしで本物に出合ってもらいたいとも思うのです。
子供向けのマンガであるにもかかわらず、藤子先生の人間描写にはいっさいの手抜きや子供への媚といったものがありません。だから、何度の再読にも堪え、読み返すたびに新しい発見をすることができます。たとえば「やさしいドロンパ」の場合、なぜ最後に神成さんがポストを負ぶっているのかは作品中では明確には描かれません。しかし、善後のストーリーから、恥ずかしさ極まったドロンパがポストに化けたのだなということが子供でも容易に類推できるのですね。
藤子マンガの核にあるのは、こうした「子供の理解力への信頼」ではないでしょうか。一見複雑なキャラクターに思えるドロンパも、そのあたりの描写が丁寧に、しかも決して過剰になることなく描写されているからこそ、いつまでも生命力を失わないのだと思うのです。
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