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金森宗七〜ドキドキ高岡銅器〜
 

 

 

金屋町の町並み

高岡銅器は、1611年(慶長16年)に加賀藩二代藩主前田利長公が高岡のまちの産業振興策のひとつとして、現在の高岡市金屋町に鋳物工場を開設したことに始まります。
その当時は、なべ・かま・農機具などの鉄鋳物が中心でしたが、幕末から銅器美術工芸品へと発展し、明治時代にはパリで開催された万国博覧会に展示されるなど、世界的にもその名が知られることとなっていきます。
こうした高岡銅器の華々しい歴史は、金屋町にある高岡市鋳物資料館でも辿ることができます。

御印祭
また、毎年6月に開催される御印祭では、銅器作りの職人たちによって歌いつがれてきた「弥栄節(やがえふ)」に合わせ、大人や子どもたちが町内を踊りながらねり歩く光景が見られ、今もなお、鋳物師の心意気が脈々と受け継がれています。




高岡銅器は多くの人々の努力により、今もなお、その技術が受け継がれ、発展を続けています。
今回は、そんな高岡銅器の発展を支えた金森宗七について取り上げます。

 

高岡ある美(以下「ある美」):

はい!みなさんこんにちは!偉人LOVE、そして何より高岡大好きある美でーす。
今回は!!高岡銅器の発展を支えた金森宗七さんにインタビューを行いたいと思います!!
文献によると、高岡銅器の品質を高め、国内だけではなく、外国にまでその魅力を広めた功績が記されているけど、もっと詳しい内容については、やっぱり本人に会わないとねぇ☆
ってことで、・・・宗七さんに会うために明治時代にタイムスリップするっきゃないっ!
さっそく、おじいちゃんのアル太郎博士が作ってくれた、タイムマシーンに乗り込み、出発することにしよう!!


ブイーん


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