| さて、忠正はヨーロッパに日本の美術を広めることに関わっただけでなく、逆に西洋の美術を日本に紹介することにも努力しました。そこには忠正が、ヨーロッパにおいて美術関係者と親交を深めていく中で感じた、日本の美術界とのある違いが大きく関係していました。
ヨーロッパの国々は自国の美術を発展させるために、日本美術のような異質の文化を進んで研究し取り入れようとします。その様子を目の当たりにし、忠正は思いました。
「ヨーロッパの美術界の動きに比べて、今の日本美術界はどうだ・・・。日本の伝統的な画法が一番だと考え、他のものを取り入れようとしない。それぞれの長所を取り入れ短所を補って、進歩し発展するようにしなければならないのに・・・。西洋の画法の長所を積極的に取り入れ新しい発展を図らねば、日本の美術界は正しい方向を見失ってしまう。」
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