学校の設立を心に誓った能三はさっそく準備に取りかかります。
初代校長には、慶応義塾出身の吉田五十穂(よしだいかほ)を迎え、その他にも寺子屋で教えていた経験のある先生を数十名集めました。
しかしながら、能三がクリアしなければならない課題はこの他にもたくさんありました。
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能三:
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校長先生は、吉田五十穂さんに頼んだし、他の先生についても、寺子屋で働いていた経験のある先生方にお願いしたし、先生は何とかなりそうだ。だけど、学校を作るためには、まだまだいっぱいやらないといけないことがあるよな。その中でも、どうやったら子どもたちが来てくれるかだよなぁ〜。 |
| 先生A:
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わたしは、能三さんの頼みというなら先生という仕事を喜んでお受けします。
それよりも、生徒の確保については本当にどうしましょう〜!?
子どもがいなければ学校は成り立ちませんからねぇ・・・(笑) |
能三:
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たしかに先生を集めるよりも難しいかもしれないねぇ。
伏木にはまだまだ貧しい家が多いから、子どもはそれぞれの家にとって大事な働き手なんだよね。学校で勉強したって何の意味もない!!そう考える村の人はいっぱいいるんだよ。なんとか、学校の大切さについて村の人に分かってもらわないと、子どもは集まらないよ。
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こうして、能三は、学問の大切さについて、村の人たちを少しずつ説得し、生徒を集めることに力を注ぎます。こうした能三の学校設立に向けた熱い思いは、明治6年(1873年)1月12日に、新川県(注1)に提出された、「小学校取設伺(とりもうけうかがい)」という請願書にも明らかです。
(注1明治時代初期に設置されていた現在の富山県の一部。後に全域を管轄した県。)
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| 先生A: |
ところで、わたしの給料をはじめ、学校をつくるのにはたくさんのお金がかかると思うのですが、どうやって用意しますか? |